[Day 101] 三顧草廬のひと三度目の歩み
四月 · すべて捨てた夜 | 約三分の読み

雪が、隆中(りゅうちゅう)の路を、お覆い給いたる冬が、過ぎて、春の暖かなる朝が、劉備(りゅうび)のひと三度目(みたびめ)の歩みを、お迎え給いたり。
張飛(ちょうひ)が、低きひと息を、呑み込みたり。「兄上(あにうえ)。今度(こたび)もまた、彼の人が、お席に、お居(い)給わざる、と申すならば、それがしの杖(つえ)を以て、彼の人を、お引(ひ)き来(きた)り給わせ申さん。」劉備が、低く頭を、お振り給いたり。「益徳(えきとく)。三顧(さんこ)の結は、お引き来り給わする結に、あらず。今日のひと三度目の歩みは、過(さ)りたるお二度の歩みの花(はな)に、ござる。」
三人が、隆中の草廬(そうろ)の前に、お達し給いたり。劉備が、関羽(かんう)・張飛を、ひと歩み、後ろに、お留(とど)まり給わしめて、自(みづか)ら、戸の前に、立ちたり。童子(どうじ)が、戸を、お開(あ)け給いたり。「使君(しくん)。今日、主(あるじ)は、草堂(そうどう)に、お居給う事と、為(な)り申せり。ただ、午睡(ごすい)の最中(さいちゅう)に、ござる。」
劉備が頭を、深く、垂れたり。「童子よ。今日のお午睡を、お醒(さ)まし給うこと、無きように。それがし、草堂の戸の前にて、お待ち申し上げ申さん。」
劉備が、草堂の戸の前に、しずかに、立ちたり。張飛が、低きひと息を、呑み込みたり。「兄上。かかるお午睡を、お醒し申し上げざらば、日が、お傾(かたむ)き、星が、お上(のぼ)り給う事と、為り申さん。」劉備が、低く頭を、お振り給いたり。「益徳。お待ちが、今日の結に、ござる。」
ひと時辰(じしん)が、過ぎたり。ふた時辰が、過ぎたり。三時辰が、過ぎたり。劉備が、草堂の戸の前にて、しずかに、立ちおりたのである。草堂の内側より、長きお息のお午睡の音が、低く、お流れ出(い)でたり。

四時辰の後(のち)、草堂の内側に、気配(けはい)が、上りたり。若きお声が、ひと詩(ひとし)の句を、低く、お吟(ぎん)じ給いたり。
「大いなる夢(大夢、たいむ)が、起(お)こりたり。わが平生(へいぜい)は、自(おの)ずから、われ、知り申す。草堂の春のお眠(ねむ)りは、足(た)りて、窓の外の日は、遅々(ちち)たり。」
草堂の戸が、開かれたり。若き士(し)が、戸の前に、立ちたり。背丈(せたけ)は、八尺(はっしゃく)、顔(かんばせ)は、清き月のごとく、巾(きん)の覆(おお)いの下に、眼(まなこ)が、清く、光り給いおったのである。彼が、低きひと言を、漏(も)らしたり。「劉使君(りゅうしくん)。永(なが)く、お待ち給われたるな。お進み給え。」
劉備が、両手を、合(あ)わせて、深きお礼を、上り上げたり。「臥龍(がりょう)先生。今日のお出会(であ)いが、この身の平生の花(はな)に、ござる。」
臥龍先生、諸葛亮(しょかつりょう)、字(あざな)は、孔明(こうめい)。三度目(みたびめ)のお訪(おとな)いの戸が、今朝、はじめて、お開(ひら)き給いおったのである。
Book 4 の百一度目の朝が、隆中の草堂の戸の前にて、しずかに、開かれゆきおったのである。三顧花(さんこか、三顧の花)の三字が、四時辰のお待ちと、大いなる夢のひと詩と、八尺の背丈と、三度目の戸の開きとが、ひと席に、置かれたるひと息の種子として、植えつけられつつあったのである。Day 100 の 再訪雪(さいほうせつ)の足跡(あしあと)が、今朝、三度目の戸の開きの上に、お達し給いおったのである。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
ひと人のひと三度目の歩みが、お午睡の戸の前にて、四時辰を、お待ち給う朝があり申す。そのお待ちが、ひと結の戸のお開きの花と、為(な)る席にござる。今日、貴方の朝にも、長きお待ちが、花のお咲き出でと、為り給う席が、もしや、置かれおりてはおらぬか。そのお待ちの結を、しずかに、覗き見られてはいかがであろう。
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