[Day 64] 寿春陥落
三月 · 天下の二人 | 約三分の読み

空(むな)しき冕旒冠(べんりゅうかん)の下にて、袁術(えんじゅつ)が、最後の息を、呑み込みたるその朝、四方向の刀が、寿春(じゅしゅん)の城の内側へと、ひと歩みずつ、入り行きたり。
南門の壁の下のほうが、長江(ちょうこう)の水に、深く、湿(しめ)り、ひと塊(かたまり)の土壁が、ひと度に、崩れたり。孫策(そんさく)の水軍(すいぐん)が、その崩れたる隙間より、船を、押し入れたり。周瑜(しゅうゆ)が、船の最も前のほうに、立ちたり。寿春の砂の床(ゆか)が、足首まで、湛(たた)えられおったのである。
東門の閂(かんぬき)が、関羽(かんう)の青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)の最後の力の下にて、ぽっきりと、断(た)たれたり。張飛(ちょうひ)の丈八蛇矛(じょうはちじゃぼう)が、閂の木を、横に、押し退(の)けたり。呂布(りょふ)の騎(き)が、開かれたるその隙間より、方天画戟(ほうてんがげき)を、先頭に、駆け入り行きたり。
北門は、大いなる喊声と、十七万の本軍の歩みの下にて、自ら、開かれたり。曹操(そうそう)が、本軍の最も前のほうに、立ちたり。夏侯惇(かこうとん)の傍らに、曹仁(そうじん)と、夏侯淵(かこうえん)とが、立ちおったのである。
西門は、すでに、満寵(まんちょう)の三千の軽騎(けいき)の罠(わな)の下にて、閉ざされおりたのである。寿春の城の四門が、ひと息の内にて、ひと結ずつ、開きと、閉ざされとに、置かれおったのである。
袁術が、壇(だん)の下へと、降り来たった。空しき冕旒冠が、彼の頭の上に、載せられおったのである。紀霊(きれい)が、傍らに、立ちたり。「主公。遺れる路は、西門のほうの裏路にござる。その路にて、馬を、お駆り給い、江淮(こうわい)の袁胤(えんいん)のほうへと、お移り給え。」袁術が頭を、首肯したり。両眼が、わずかに、揺れたり。

そのひと言の終わる前に、寿春の城門の内側へと、曹操の本軍が、注(そそ)ぎ入り来たった。袁術が、後ろへと、退(しりぞ)きたり。紀霊が、方天(ほうてん)の柄刀(つかとう)を、上り掲(かか)げて、前に、立ちたり。ひと小合(いっしょうごう)、二小合、三小合の交わりの末に、曹操の手下の将・楽進(がくしん)の刀が、紀霊の頸(くび)の下に、触れたり。紀霊が、地の上に、膝を、屈(くっ)したり。寿春の城内の最初の将の名が、かく、降り立ちたり。
袁術が、馬の上に、乗りたり。ひと匹の馬が、西門のほうへと、駆け始めたり。彼の懐(ふところ)の内側に、ひと欠片(かけら)の玉璽(ぎょくじ)が、握られおったのである。寿春の城の内側の全(すべ)ての名が、後ろへと、遺されゆきたる朝にてあった。
城内にて、孫策が、壇の上に、上りたり。空しき冕旒冠が、卓の上に、置かれおったのである。十二筋の玉佩のうち、十一筋が、卓の上に、散(ち)りおりたのである。最初の筋は、いずこにも、見えざりき。孫策が、空しき冕旒冠の裾を、しずかに、上り掲げたり。その冕旒冠を、地の上に、置きたり。僭称の冠が、寿春の壇の下の床(ゆか)の上に、完全に、降り立ちたる朝にてあった。
曹操が、城の内側へと、入り来たった。孫策の傍らに、立ちたり。二人の両眼が、空しき冕旒冠の席の上に、共に、置かれたり。曹操が、低く、申したり。「今日、僭称の冠が、地の上に、降り立ちたり。今日より、別なる戦の最初の行が、始まるべし。」孫策が、低く、答えたり。「父の玉璽は、なお、袁術の懐に、ござる。その玉璽を、追い行く刀が、遺りおり申す。」
劉備(りゅうび)が、東門のほうより、入り来たりたり。呂布が、劉備の傍らに、立ちたり。四方向の将の四名が、ひと席に、再び、共に、置かれたのである。
Book 3 の六十四度目の朝が、寿春の空しき冕旒冠の下にて、しずかに、開かれゆきおったのである。寿城落(じゅじょうらく、寿春の城が、地に、降り立つ)の三字が、南門の水と、東門の閂と、北門の本軍と、西門の罠とが、空しき冠と、共に、ひと席に、置かれたるひと息の種子として、植えつけられつつあったのである。Day 63 の 冕旒落(べんりゅうらく)の十二筋の落下が、今朝、冠の全体の落下へと、連なりおりたのである。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
僭称の冠が、自らの頭の上にて、空しき冠と、為(な)りたる後、別なる人の手にて、地の上に、降ろし置かるる朝があり申す。その降ろしの刹那に、四方向より、駆け来たりたる刀の主が、ひと席に、再び、共に、立ちおる事と為る席にござる。今日、貴方の朝にも、地の上に、降ろし置くべき空しき冠が、もしや、置かれおりてはおらぬか。その降ろしの結を、ひと結いっそうしずかに、覗き見られてはいかがであろう。





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