[Day 37] 司徒の草堂にて
二月 · 主なき刀 | 約三分の読み

董卓(とうたく)が貂蟬(ちょうせん)を郿塢城(びうじょう)に囚(とら)え置きたる数日(すうじつ)の過ぎたる夜、呂布(りょふ)が王允(おういん)の家の草堂(そうろ)へと、慎重(しんちょう)に、渡り来たった。王允が門の前まで進み出(い)でて、迎えたのである。草堂の灯火(ともしび)の下に、四人がしずかに、集(つど)いおったのである。王允と呂布、ならびに、黄琬(こうえん)と李粛(りしゅく)にてあった。
李粛。その名が、今宵、草堂の気の内側に、しずかに、置かれたのである。五原(ごげん)九原(きゅうげん)の人。呂布の古き同郷人にてあった。Day 13 の 赤兎価(せきとか)の席にて、董卓の命にて、呂布に赤兎を渡したる、その人にてあった。その時、呂布を董卓のほうへと、引き寄せたるその手が、今宵、呂布を董卓より、再び、引き離さしむる席に、置かれおったのである。
李粛が、先(ま)ず、低くひと言を、取り出したり。「奉先(ほうせん)。昨日、太師の命を奉じて、郿塢城に、行きて来たれり。太師の両眼が、二席の間に、分かたれおるを、見たり。太師の信任が、なお、それがしの上に、大きく、置かれおるを、見たり。今や、それがしの信任の席を、今宵の計策の上に、載せ申さん。」
王允が、紙を広げて、具体の計策の幹(みき)を、記し行きたり。「太師は、天子の禅譲(ぜんじょう)の名分(めいぶん)に、お弱く在(おわ)し申す。偽(いつわ)りの詔書(しょうしょ、矯詔(きょうしょう))を作りて、李粛が郿塢城へと、持ち行きて、太師を長安へと、誘い出(い)でしむ。太師が長安の北掖門(ほくえきもん)を過ぎ給うそのひと息にて、甲士(こうし)ひと群れが、門の内側に隠れおりて、前を阻(はば)む。車が止まるそのひと息にて、奉先が画戟を取りて、車の脇に出(い)づる。太師の最初のひと言は、『奉先はいずこに在らるるか』にて在らるるべし。奉先のひと言が、その前のほうに、先(ま)ず出(い)でねばならぬ。」
呂布が、紙を覗き見たり。頭を深く、首肯したり。「司徒。太師の最初のひと言の前のほうにて、それがしの画戟の最初の突きが、先(ま)ず、置かれ申さん。」

王允が、李粛のほうに、いっそうひと言を上りたり。「粛。偽りの詔書のひと文字が、太師の両眼の内側に、信として置かるるが為(ため)には、汝のひと言の姿勢が、最も肝要(かんよう)なり。太師が『真(まこと)に天子の御志(おんこころざし)か』と問い給わば、汝は『今朝、天子が龍顔(りゅうがん)にて、この粛に直(じか)に、御諭(おさと)しに為り申せり』と答え給え。」
李粛が頭を、垂れたり。「司徒。Day 13 のそれがしの手が、今宵、別なる方向へと、動き申さん。その方向が、太師の頸(くび)のほうに、ござり申す。」
黄琬が、朝廷の同調する大臣らの名簿を、取り出したり。「司徒。今日まで確保したる同調の大臣が、十二人にてござる。王允・黄琬・李粛・呂布・士孫瑞(しそんずい)・楊瓚(ようさん)の六主軸に、鍾繇(しょうよう)・趙萬(ちょうまん)・李鵬(りほう)・何商(かしょう)・張震(ちょうしん)と、宮廷の秘密代理人とが、加えられおり申す。北掖門の席にて、この十二人の甲士の群れが、太師の車を、囲み申すべし。」
王允が頭を、深く首肯したり。「明日、李粛が偽りの詔書を、郿塢城へと、お渡し給え。太師が長安へと、お戻り給う日が、我らの日と、為らん。」
その夜が更(ふ)け行く頃、四人が席より立ち上がりたり。呂布の画戟の先が、草堂の低き屋根の下にて、しずかに、震えたり。王允の手が、呂布の肩を、軽く打ちたり。十二人の甲士の真ん中にて、画戟の先が、明日以後の日を、待ちおりたのである。
Book 2 の七度目の夜が、司徒王允の草堂の灯火の下にて、しずかに、深まりゆきつつあった。堂密計(どうみっけい、草堂の密計)の三字が、十二人の甲士と、画戟の先と、偽りの詔書のひと文字とが、ひと席に集(つど)いたるひと息の種子として、植えつけられつつあったのである。Day 36 の 郿路塵(びろじん)の分かたれたる両眼が、今宵、草堂のひと計策へと、狭まりおったのである。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
ひと人の手が、決断の席にて、別なる方向へと、動き始むる夜があり申す。赤兎の手綱を、渡したる、その手が、今宵、偽りの詔書のひと文字を、渡す手へと、変ずる席にござる。今宵、貴方の手の方向にも、別なる方向へと、動き始むるひと息が、もしやおありにならぬか。その動きの結を、ひと結いっそうしずかに、覗き見られてはいかがであろう。





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