[Day 89] 官渡の大対峙
三月 · 天下の二人 | 約三分の読み

冀州(きしゅう)の別館の裏(うら)の庭の上に、三兄弟(さんけいてい)の結が、再び、置かれたるその数日(すうじつ)の後(のち)、袁紹(えんしょう)の七十万の大軍が、官渡(かんと)の野原の前に、陣を、敷きたり。
曹操(そうそう)の三十万の本軍は、官渡の川の南に、陣を、敷きたり。両軍の間(あいだ)に、狭き川(渑水、しんすい)が、流れおったのである。袁紹の七十万は、川の北の広き野原の上に、広げられて、旗のみが、千里(せんり)、連(つら)なりて、見えおったのである。
袁紹が、大いなる卓の前にて、低く、申したり。
「わが軍勢が、曹操よりも、二倍以上に、ござる。ひと度(たび)にて、攻め寄(よ)せ、曹操を、お破り給い申さん。」
沮授(そじゅ)が、低き諫(いさめ)を、上りたり。
「主公。曹操の結は、浅きにあらず、ござる。ただ、彼の糧食(りょうしょく)が、浅く成(な)り行きおり申せり。持久戦(じきゅうせん)にて、まづ、曹操の糧食を、お絶(た)ち給え。」
袁紹が、低く頭を、お振り給いたり。
「沮授。七十万を、永(なが)く、お立て給い得(う)申さず。ひと度にて、攻め寄せ申さん。」
沮授が、低きひと息を、呑み込みたり。己(おのれ)の結が、空(から)に成り行きおる事を、自(みづか)ら、お知り給うところと、為(な)りたり。
ひと方、曹操の本陣にて、郭嘉(かくか)が、低く、続けたり。
「主公。袁紹の結は、大なれども、決定を、お引(ひ)き延ばし給う結に、ござる。我らの結は、浅けれども、決定を、速(すみや)かに、お下し給う事を、お得(う)。この席が、我らの席に、ござる。糧食を、お惜(お)しみ給いつつ、袁紹の内側を、お破り給うべき席を、お探し給え。」

曹操が頭を、深く、首肯したり。官渡の川の南に、防柵(ぼうさく)が、高く、立てられたり。袁紹の矢が、川の彼方(かなた)より、飛び来たった。曹操の矢が、川の彼方へと、飛び去りたり。両結の矢が、川の上の気を、共に、呑み込みたり。
官渡の対峙(たいじ)が、互(たが)いに、お破り給わざる結にて、長くなりたり。ひと月(ひとつき)が過ぎ、ふた月が過ぎたり。袁紹の七十万が、野原の上にて、少しずつ、お崩(くず)れ給い始めたり。曹操の三十万もまた、糧食が、浅くなりゆきおったのである。
両軍が、互いの結を、お待ち給いおったのである。誰人(たれびと)の結が、まづ、お破られ給うか、誰人の糧食が、まづ、底を、お見せ給うか、そのひと結が、今日の勝敗を、お決し給う席にてあった。
ひと方、許都(きょと)の別館の内側にて、董承(とうしょう)の結が、衣帯詔(いたいしょう)を、少しずつ、お整え給いつつ、おりたのである。董承の衣の裾(すそ)の内側の最初の行が、官渡の対峙の後(あと)に、お動き給い始むる事と、為(な)るべし。
Book 3 の八十九度目の夜が、官渡の川の上にて、しずかに、深まりゆきおったのである。官渡対(かんとたい、官渡の対峙)の三字が、川の防柵と、両結の矢と、ひと月のお崩れと、許都の衣の裾とが、ひと席に、置かれたるひと息の種子として、植えつけられつつあったのである。Day 88 の 冀州会(きしゅうかい)の再会が、今宵、官渡の対峙の傍(かたわ)らに、置かれおったのである。
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“✒️ 平訳家の一言 — 延三欽博士(Yeon Sam-Heum, Ph.D.)
ひと川の上にて、二つの大いなる結が、互(たが)いを、お待ち給う夜があり申す。誰人(たれびと)の結が、まづ、お破られ給うか、誰人の糧食が、まづ、底を、お見せ給うか、そのひと結が、今日を、お決し給う席にござる。今宵、貴方の夜にも、二つの大いなる結の間(あいだ)の、お待ちが、もしや、置かれおりてはおらぬか。そのお待ちを、しずかに、覗き見られてはいかがであろう。
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